2018年3月25日日曜日

桜咲く

3月24日(土)晴れ。

今週の中頃に“戻り寒波”がやってきました。
関東地方では、時ならぬ雪。開花宣言の出たとたんの寒さだったので人間のみならず
桜もびっくりしたと思います。

一転、週末は穏やかな陽気に。
名古屋の満開は28日頃とのことですが、
成海神社の大鳥居をくぐったところに聳える、特大の枝垂桜が今日ほぼ満開を迎えていた。
保母さんに連れられた、近所の幼稚園児たちが嬉しそうに見上げいて・・
その可愛い姿が微笑ましかったです。
今晩の稽古も息がぴったり。
 その笛の音を、現在クアラルンプール滞在中のNさんにLINE電話で生中継。
で、「いいじゃないですか~!」っと。ひと言メッセージ~^^~
前会長のHさんには“シュークリーム”の差入れを携えてのご声援を頂きました。
子供たちも大喜び「ありがとうございました」
 秋のお祭り楽しみに~!っと、練習ガンバル新入生。

2018年3月11日日曜日

会計監査と年次総会

3月11日(日)晴れ。

午前10時より、H29/H30年度・年次総会が開催されました。

新旧の班長さんと役員各位の出席にて、平成29年度の事業報告及び
決算報告などの議案全てが滞りなく採決されました。

平成30年度の役員人事について、長らくの懸案事項で空席だった副会長も決まり
町内会・新年度の嬉しい船出となりました。
総会後に役員会を開催し、今年度より新しく役員に加わっていただいたFさんには、
早速のお願いにも関わらず、快く氏子総代(6月に交代)に就任して頂くことになりました。

総会に先立ち、3月7日(水)午後には、
会長立ち合いのもと、会計監査が行われました。現金勘定に関する領収証チェックや
銀行口座勘定などの関連項目について
綿密な監査をして頂いた、YさんKさんお疲れさまでした。
(監査風景/H30年3月7日

2018年2月11日日曜日

御天道神楽(おてんとかぐら)

2月10日(土)曇りのち雨。

今晩、久しぶりに稽古にお邪魔したら
難易度の高い“おてんと”が聞こえてきました。

先輩先生と子供たちは、
この寒さにも負けずに毎週土曜日の練習がんばってます。
下記一覧は“城之下神楽会”のメンバーが、様々な祭事で奏上する曲目です。

中でも“熱田神楽”は
熱田神宮に由来するもので、古来より主に尾張や三河一円へと
広く伝播されていったようです。
その熱田神楽の正統を継承するのが、我が神楽会のO師匠とその弟子の
先輩先生の皆さんです。
伝えねばならない古(いにしえ)の文化が、今まさに次なる世代へと
受け継がれつつあります。何よりも嬉しいことですね。
 きょうの参加がちょっと寂しいな・・っと思ったら、
なんでも、幾人かがインフルエンザに罹ってしまったそうです。
熱の余り出ないインフルもあるようですから、皆さん油断なきよう気をつけてください。

今夕の稽古は、いよいよ神楽の真髄へ。
そして何と、難しい御天道神楽を自分たちだけで吹き終えたのです。
子供たちの熱意と上達ぶりに、優しく見守る父兄も驚かされた様子でありました。
(運悪く、インフルを拾ってしまった子供たちは一日も早く治るといいですね)

2018年1月21日日曜日

新年親睦会開催

1月21日(日)晴れ。

3月には年次総会があります。
本日、その総会に先立ち「新年親睦会」が開催されました。

新旧の班長さんと、
会長以下役員の皆さんが、ささやかなランチを囲み乍らの交流会でした。

毎年この時期、役員(会長)人事での決め手がなく、不安の日々が続いていました。
幸い今年は、その難しい問題はありません。
と・・その分けは、
先日(11日)の役員会に於いて、現会長から(一年間)再任のお申し出を頂きました。
更にその上、長年空席だった副会長も、役員のFさんが手を挙げていただき
今までの町内会になかった、新しい「潮流」を見る思いがしています。

町内会の今後についても話題に上りましたが、町内会をより魅力ある会にするため、
「餅つき大会」など、みんなで力を合わせて「楽しめる行事」を行っては・・!?
とのアイデアも提案いただきました。

新年度(30年度)の行事に加えたい。是非実現したい企画の一つですね。

2018年1月1日月曜日

謹賀新年

平成30年1月1日(月)晴れ。

穏やかな日和のお正月を迎えました。
昨年同様、本年も町内会交流ブログをよろしくお願い申し上げます。
夕方のこと、
家族でお節料理を囲んでいると何処からともなく笛と太鼓が聞こえる~!
「何だろう・・!?」
と、音に導かれるままに向かった先は、何と“城之下公会堂”

町内会祭祀の前にて、大先生のOさん始め囃子方有志の皆さんによる
お神楽奏上が当に行われている最中でした。
(実は、何ごとかと駆けつけたものの、LINEトークを遡ってみたら皆さん承知のことでした^^;)
先生の笛に合わせて、新メンバーの2人も・・
寒空の下でしたが、
元旦に相応しい、厳かな気持ちにさせていただきました。
神楽会の益々の発展を予感する、新年早々の思わぬ出来事でありました。

2017年12月30日土曜日

神楽会Xmasパーティー&年の暮れ

12月30日(土)晴れ。

2017年・年の暮れ。
新年を迎えるため、祭事方にて公会堂玄関と町内祭祀に〆縄を飾った。

画像は氏子総代のBさん手作りの五社飾り。
この縄を編むとき、右捻りではなく左に捻って作るのが決まりごとらしい。
それが結構難しい・・と、Bさん。
その縄に、神社から授かった紙垂(しで)を取り付けた注連縄。

明日午後、御旅所に献灯を設置すると「迎春」の準備完了となる。
成海神社・新年祭初詣のため、
大晦日の夕刻から正月の3日間、日没~夜明けまで提灯の明かりが点る。

12月23日(土)晴れ。
城之下神楽会のXmas親睦会が開催された。

神楽会メンバー12名と父兄、そして活動をいつも温かく見守ってくださる
皆さんとの交流会は大盛りあがり。
神楽会創設以来初めてのことでしたが、発案企画担当の
クマさん、大変お世話さまでございました。

 膨大な数(177枚)の写真を撮ってくださったNさん、お手数をかけました。
その中から、37枚の画像を選択させて頂いたのですが・・
その抽出作業が、それはそれは大変でありました^^;~

無作為厳選画像には、お楽しみの様子が満面の笑みに表れてますね。
こんな中、子どもたちが「笛や太鼓」を忘れていないのに
「びっくり!」

以下、キャプション抜きでご覧ください。
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この企画、次年度につづく(予定)

2017年12月17日日曜日

秋葉社神楽奉納

12月16日(土)曇り。

町内には、昔から伝わる津島社と秋葉社の祭祀があります。
今夕はその内の一つの秋葉社に、先日授かってきた御札を納めて
神楽を奉納する行事がありました。

先輩先生を始め、新メンバーの子供たち8名も全員出席。
町内より、役員&班長さんが臨席。そして神楽会父兄の見守る中・・
子供たちは、
秋の祭礼デビュー以来、2度目となる年中行事に臨みました。

笛や太鼓の心地よい響きを、傍らより微笑ましく拝聴。
奉納の神楽三曲とお囃子一曲の内、その一部をYouTubeにしました。
 
迫力の生演奏を初めて見る班長さん方は、皆、一様にびっくりされていました。
先輩先生の指導にて、
今年5月から始まった週一稽古が、僅か半年余りでしっかり実を結んでいるようです。

(追伸)
昨年のブログに掲載したものですが、
可睡斎と秋葉山信仰について、日本大百科全書(ニッポニカ)の解説を記しておきます。
 
可睡齋(かすいさい)
静岡県袋井市久能(くのう)にある曹洞(そうとう)宗の寺。
萬松山(ばんしょうざん)と号し、秋葉総本殿とも称される。応永年間(1394~1428)
の僧、恕仲がここに草庵(そうあん)を結んだのが始まりで、一時荒廃したが、
5世の法祖大路一遵(たいろいちじゅん)が毘沙門天の霊夢に感じて再建し、
東陽軒と称した。
11世の仙麟等膳(せんりんとうぜん)は、今川家の人質となっていた幼少の徳川家康を
助けたことにより、のちに浜松城主となった家康の厚遇を受け、東海の大僧録司として
駿河、遠江、三河、伊豆4か国の諸寺を取り締まる名刹となった。
可睡斎という寺号は、仙麟等膳が浜松に家康を訪れたとき、疲れと老齢のために居眠った
のを見て、家康が「和尚睡(ねむ)る可(べ)し」といたわったことによるといわれる。
境内後方にある秋葉総本殿は、もと秋葉寺(静岡県浜松市)にあった三尺坊
威徳大権現を移したもので、俗に秋葉三尺坊、三尺坊大権現といわれ、火防の
霊仏として名高い。12月15日に火防大祭が行われる。
境内は広く、本堂、僧堂(禅堂)、方丈など多くの伽藍(がらん)を有し、ボタン、サギソウ
など花の名所としても知られる。

 秋葉信仰
根本社(秋葉神社)は、
静岡県浜松市天竜区春野(はるの)町の秋葉山頂に鎮座。
剣難、水難、火難に霊験あらたかであると『東海道名所図会』に記されている。
とくに火難(火伏せ、防火)信仰は愛宕(あたご)神社と並んで有名。秋葉山は神仏習合に
伴い修験の霊場となったが、修験者の三尺坊は、観音の化身で
火伏せの法に通じた天狗といわれ、越後の国から飛来して秋葉山の鎮守となり、
三尺坊大権現と称して、大登山秋葉寺に祀(まつ)られたという。
1685年(貞享2)には三尺坊大権現を祀ることが流行し、順次各地に送り祀られて
いったが、江戸に入る前に幕府から禁圧された。
 この信仰は中部地方を主として、東海道筋から関東地方にかけて講社を結成する
など庶民と深く結び付いた。
明治初期の神仏分離令で、秋葉神社と改称、独立し、秋葉寺は廃寺となったため三尺坊
の像などを可睡齋(静岡県袋井市の寺)に移したが
現在も根強く信仰されている。
とくに江戸時代は伊勢参宮の途次に参詣されることが多かった。